今村復興大臣発言は何がおかしいのか(2) 前橋地裁判決を曲解する政府

今村復興大臣の発言でもう一つ気になったのが、原発避難者が集団で国と東京電力に賠償を求めた事件の初の判決である、前橋地裁判決をねじ曲げて理解していたことです。

 

 

発言が撤回された?

報道によれば、今村復興大臣は、発言を「撤回」したらしいです。しかし、

今村大臣は、記者団から「発言を撤回するのか」と質問されたのに対し、「撤回するということで理解していただいて結構だ」と述べました。

今村復興相「帰還は自己責任」発言を撤回 | NHKニュース

となると、何を撤回したのか、よく分かりません。会見を聞く限り、自己責任という部分だけ撤回された、ということのように聞こえます。彼の発言の問題点は、自己責任論だけでないことは、前回指摘したとおりです。

 

opensociety.hatenablog.jp

より一般的に言えば、この種の「舌禍」事件において重要なのは、撤回あるいは謝罪したのかどうかではありません。多くの場合、それは騒ぎを沈静化するための便法に過ぎません。本当に大事なのは、元々の発言に現れている「本音」ではないでしょうか。本音を前提に討論するところからじゃないと、次のステップには進めない。

 

今村大臣の前橋地裁判決の認識

福島第一原発事故について、被災者からは多くの訴訟が提起されてきました。そのひとつであり、最初に判決が出された2017年3月17日の前橋地裁判決について、今村大臣は次のとおり言及しています。

(問)ああ、そうですか。その中で、やはり3月17日の前橋地裁の国とそれから東電の責任を認める判決が出たわけですけれども、国と東電は3月30日に控訴されました。ただし、同じような裁判が全国で集団訴訟が起こっておりますし、原発は国が推進して国策ということでやってきたことで、当然、国の責任はあると思うんですが、これら自主避難者と呼ばれている人たちに対して、国の責任というのをどういうふうに感じていらっしゃるのかということを、国にも責任がある、全部福島県に今後、今まで災害救助法に基づいてやってこられたわけですけれども、それを全て福島県と避難先自治体に住宅問題を任せるというのは、国の責任放棄ではないかという気がするんですけれども、それについてはどういうふうに考えていらっしゃるでしょうか、大臣は。

(中略)

(答)(中略)
 だから、それはさっきあなたが言われたように、裁判だ何だでもそこのところはやればいいじゃない。またやったじゃないですか。それなりに国の責任もありますねといった。しかし、現実に問題としては、補償の金額だって御存じのとおりの状況でしょう

(引用元:復興庁 | 今村復興大臣記者会見録[平成29年4月4日]

ここで気になるのは、後半の「補償の金額だって御存じのとおりの状況でしょう」という発言です。

たしかに前橋地裁判決では、原告に生じた精神的な損害について、低額の慰謝料しか認められず、かなり多くの原告が、すでに東京電力から支払われた賠償金を超える慰謝料が生じていないという理由で、請求棄却となっています。

認定された被害額は少額にすぎ、このため、既払額を超えず、棄却となった原告もおり、被害者が受けた精神的苦痛が適切に評価された金額と言えるかについては、大いに疑問がある。

(引用元:福島第一原発事故損害賠償請求事件 前橋地裁判決 弁護団声明(原子力損害賠償群馬弁護団)

ここでの問題は、低い賠償額を、国が責任を果たしていないとの批判に対する反論として、今村大臣が援用していることです。(もちろん、慰謝料額の認定自体が小さすぎるのではないかという別の問題も存在しますが、それはまたの機会に。)

前橋地裁判決で認められた賠償額が小さいことは、必ずしも避難者の被害や国の責任が小さいことを意味しません。 前橋地裁の事件では、避難者の精神的損害だけが請求の対象となっていました。避難に伴うより具体的な費用、たとえば移動や引越の費用、二重生活にともなう生活費の増加、避難にともなう離職による収入の減少などは、そもそも請求の対象となっていません。

これまでも、子どもがいる区域外避難世帯は、原発ADRに賠償を申し立てることで、子どもの人数にもよりますが、100万円から400万円程度の賠償金を得ることができています。原発ADRで請求できるのは、主に生活費の増加分や一時帰宅費用などの、実際に生じた損害の一部ですが、それでもこれだけの金額になるわけです。前橋地裁の事件で実際に争いになったのは、区域外避難者が受けた被害のあくまで一部であって、判決が認めた賠償額が低いことをもって、避難者の被害が小さいとも、国の責任が小さいとも、言うことはできません。

(ただ同時に、前橋地裁判決は、「現在も避難を継続することが合理的であるか」については一部の原告を除き明確な判断を行っておらず、「現在の避難費用についても国や東京電力は賠償責任を有するか」については何も語っていません。したがって、この判決だけを根拠に、現在の住宅支援は国の義務だと言い切ることには、やや躊躇を覚えます。)

 

国の責任について官僚が何を説明したのか

より深刻だと感じるのは、判決の内容をねじ曲げて伝えている官僚がいるはずだ、ということです。いくら今村氏が東大法学部出身だからって、彼が672ページある前橋地裁判決を自分で読んだはずはありません。上記の発言に至ったのは、復興庁なり法務省なりの担当者による判決内容についてのレクが行われ、そこで「「国の責任は認められましたが、額は小さいからたいしたことはありません」という説明が行われたのだろうと、容易に想像ができます。

前橋地裁判決の、国の責任に関するまとめは次のとおりです。

被告国は,遅くとも平成19年8月頃には, 上記認定の規制権限を行使して, 被告東電において, 本件結果回避措置を講じさせるべきであったのであり,また,前記第4節で検討したところによれば,同月頃に上記認定の規制権限を行使すれば,本件事故を防ぐことは可能であったのであるから,上記時点までこれを行使しなかったことは,炉規法及び電気事業法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国賠法1条1項の適用上違法であるというべきである。(p.620)

国策として,万がーにも事故を起こさないと説明した上で,原子力発電を導入した以上,「常に安全側に立って対策する」ことを第一に優先してその安全対策を検討すべきであり,被告東電の講じる安全対策が「常に安全側に立って対策する」ものでない場合に,被告東電に対して「常に安全側に立って対策する」ょう規制することを怠った場合には,当該規制権限の不行使は,許容される限度を逸脱して著しく不合理になるものと考えられる。(p.621)

被告国が規制権限を行使しないことが不合理であることの著しさは, 前記第7節で説示した被告東電に対する非難性の強さに匹敵するというべきであるから, 被告国が賠償すべき慰謝料額は,被告東電が賠償すべき慰謝料額と同額と考えられる。(p.625)

前橋地裁判決は、このように国の責任について厳しく指摘しています。こうした判示が、いま現に原子力規制や事故被害対応にあたっている政府関係者に、正しく説明されているとよいのですが、今村大臣発言からは、大変心許ないものを感じます。