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国際テロ捜査資料から分かる、共謀罪成立後の捜査活動に関する政府の説明の「嘘」

私たちは、政府による市民の監視について、およそ情報を与えられていません。一方政府は、たとえば共謀罪の導入にあたって、「善良な市民の皆さんには影響ありません」と言います。これは、大いなる矛盾ではないでしょうか。

 

国際テロ捜査の流出資料が明らかにしたこと

公安テロ情報流出事件とは

警察がどのように市民を監視しているのか。これを知る機会は、おそらく2つの機会に限られています。一つは、監視活動の結果が刑事訴訟において証拠として提出された場合。もう一つは、何らかの漏洩・リークによって、政府内部の情報が明るみに出た場合。前者の例が、3月15日の最高裁判決で違法とされたGPS捜査であり、後者の例が、私たちが取り組んできたイスラム教徒(ムスリム)に対する監視活動です。

2010年10月、インターネット上に、国際テロ捜査を担当する警視庁外事第三課のものと思われる捜査資料114点が流出しました。これら捜査資料には、警察庁(=国)警備局国際テロリズム対策課を頂点とする公安警察のテロ対策部門が、日本に住むすべてのイスラム教徒を対象として、彼ら・彼女らの情報を収集し、データベース化していた事実が、克明に記載されていました。

流出資料に記載されていた内容は、共に弁護団を務めた河﨑健一郎弁護士がまとめてくれています。2014年の記事ですが、共謀罪の議論がホットな今、まさに読まれるべき記事です。ぜひご一読いただければ幸いです。

資料は警視庁から流出した

念のため申し上げれば、警視庁・東京都は、訴訟において、流出した捜査資料が警視庁のものであることを全面的に争いました。しかし、2014年1月15日の東京地裁判決は、

本件データの元となった各文書は,外事第三課が保有していたものであることが認められる。

(引用元:東京地判平成26年1月15日)

と認定し、この判断は2015年4月14日の東京高裁の判決でも維持されています。

流出資料が明らかにしたこと

流出資料に記載されていた捜査の実態は、驚くべきものです。

  • 公安警察は、外国人・日本人を問わず、日本に住むイスラム教徒全員を、情報収集の対象としていた。
  • イスラム教徒の「実態把握」のために、モスクの前での張り込みが行われ、担当の警察官に対してポイント制による表彰が行われていた。
  • この結果、平成21年の段階で、イスラム諸国連合出身者約7万2000人のうち98%が「実態把握」の対象となった
  • 公安警察は、民間事業者からの情報収集を「管理者対策」と呼んで推進していた。
  • その結果として、東京農工大や電気通信大から留学生名簿を入手し、イスラム諸国人留学生179名を把握していた。
  • 主要なレンタカー会社4社(トヨタレンタリース、ニッポンレンタカー、オリックスレンタカー、ニッサンレンタカー)からは照会文書なしで利用者情報の提供が受けられる関係が構築されていた
  • インターネットカフェの会員名簿を入手していた。

詳しくは上記の河崎弁護士の記事を読んでいただければと思います。

重要なのは次の2点です。

第一に、「情報収集」は、組織規範にすぎない警察法2条1項に記載された「犯罪の予防」という文言だけを手がかりに、他に何の法的根拠もなくなされていたということです。

第二に、これら情報収集が行われていることは、インターネットを通じた捜査資料の流出という異常事態を経て初めて明らかとなったことです。この事件がなければ、私たちは公安警察がイスラム教徒を組織的かつ網羅的に監視の対象としていることをいまだに知らないままだったでしょう。私たちが警察の情報収集活動を知る機会は、きわめて限られたものです。

 

共謀罪の議論における政府のおかしな説明

私自身は、今国会で議論されている組織犯罪処罰法改正案、すなわち共謀罪に関して、詳しい知見を有しているわけではありません。しかし、多くの人々が、共謀罪の新設による政府の監視の拡大に懸念を表明する中で、政府・与党が行っている説明にあまりに多くの嘘が混じっていることは、看過できません。「嘘」の例を示します。

監視の対象になるのは犯罪者周辺だけか

元警察官僚である自民党の平沢勝栄衆議院議員は、共謀罪成立後の政府による監視の強化への懸念について、次のように語っています。

犯罪に関係がない一般の方にはまったく関係のない話で、犯罪者の周辺にいる人物には迷惑がかかるでしょうね。でもこれは、安全という面で、将来的には理解してもらわなくちゃいけません。

(引用:2017年4月1日TBS「報道特集」)

しかし、これがまるで嘘であることは、上記の捜査資料から明らかです。公安警察は、テロに関係するかもしれないという理由で、日本に住むすべてのイスラム教徒を監視の対象としていたのです。監視の対象とされた人のほとんどは、「犯罪に関係がない一般の方」であり、「犯罪者の周辺にいる人物」ではありません。

テロの嫌疑がなければ捜査が行われないのか

法務省の林眞琴刑事局長は、4月21日の衆議院法務委員会で、次のとおり答弁しています。

実行準備行為が行われていない段階にありましても、個別具体的な事実関係のもとで、例えば、テロの計画が行われ、それが実行される蓋然性があって、犯罪の嫌疑があり、その捜査の必要性が認められる場合には、手段の相当性が認められる範囲におきまして任意捜査を行うことが許されるものと考えております。

ここでは、あたかもテロの計画が行われ実行される蓋然性があった初めて、任意捜査が開始されるかのごとく説明されています。

警察による情報収集には、犯罪の嫌疑を前提としない、犯罪の「予防」を目的とする行政警察活動としてのものと、犯罪の嫌疑に基づく「捜査」を目的とする司法警察活動としてのものとがあります。

上記の説明は、犯罪行為に対する捜査活動という限られた側面からすれば、間違った説明ではありません。しかし、ここで(おそらくは意図的に)説明されていないのは、林局長が言う具体的な犯罪の蓋然性とはまったく無関係に、一定のグループに属し、あるいは属性を有する人たちが、「任意」の名の下に包括的・継続的な監視活動の対象となっている事実です。

実体法の変更だから捜査手法に変更はないのか

金田勝年法務大臣は、4月19日の法務委員会で、共謀罪の創設による捜査活動への影響について、次のとおり答弁しています。

今回の法整備は、刑事の実体法の法整備でありまして、手続法の改正ではありません。したがいまして、捜査のあり方に変更はないのであります。

先ほど述べた、国際テロ捜査における捜査手法の拡大・肥大化は、手続法の改正はおろか、刑事実体法の改正とすら無関係になされました。警察組織は、常により大きな予算・人員・権限を求めて肥大化する存在です。共謀罪という新たな捜査目的の登場は、こうした肥大化の要求への格好の栄養となるように思われます。

任意捜査を裁判所がチェックできるのか

金田法務大臣は、3月21日の衆議院法務委員会で、共謀罪ができたら、任意捜査の名の下に、さらにプライバシーが侵害されるのではないかとの質問に対し、次のように応えています。

我が国におきましては、裁判所による審査が機能しておりまして、捜査機関による恣意的な運用ができない仕組みとなっております。また、捜査機関内部におきます監督の仕組みや民事上の国家賠償制度など、事後救済制度が充実をしております。それが捜査機関の権限濫用を抑止する機能も果たしているのではないか、このように考えておる次第であります。

(引用元:第193回国会法務委員会会議録第4号

冒頭で述べたとおり、裁判所が捜査活動の違法性を審査するのは、その結果として得られた資料が刑事裁判において証拠請求されその証拠能力が問題となる場合か、何らかの理由で捜査情報が外部に漏れ、被害者が捜査機関に対し賠償請求を行う場合に限られます。これらを除けば、警察による情報収集は、常に闇の中にあります。

いやむしろ、警察は、情報収集の実態を積極的に秘匿しようとします。たとえば、3月15日の最高裁判決で違法とされたGPS捜査について、警察庁が都道府県警に対し、存在が外部に漏れないよう指示していたことが報じられています。

警察庁が都道府県警に出したマニュアルで、GPS捜査の存在を捜査書類に書かないよう指示していた。

(中略)

■警察庁が移動追跡装置運用要領で示した「保秘の徹底」3項目

  • 捜査書類には、移動追跡装置の存在を推知させるような記載はしない
  • 被疑者の取り調べでは、移動追跡装置を用いたことを明らかにしない
  • 事件広報の際には、移動追跡装置を使用して捜査を実施したことを公にしない

(引用元:GPS捜査、警察庁が存在隠すよう指示 公判で明らかに:朝日新聞デジタル

むろん、イスラム教徒に対する監視活動も、リークがなければ、私たちも、イスラム教徒の方々も、今でも何も知らないままに日々を過ごしていたに違いありません。

裁判所が捜査活動への審査権限を有するのは事実です。しかし、裁判所が審査するのは、裁判所の前に提示された事実関係に過ぎません。当局による市民の監視は、そのほとんどが、裁判所の審査を受けることなく、また私たちがそれを知る機会もなく、秘密裏に、説明責任を果たさぬままに行われています。

私たちは、監視について語るとき、内部通報者に多くのことを依存しており、そのような「リーク」がなければ、私たちは何も知り得ないことを、深く自覚しながら議論が行われるべきでしょう。

 

最後に、日本政府が、XKeyscoreと呼ばれるアメリカ国家安全保安局(NSA)のデータ検索システムを利用できたという衝撃的な報道について書こうかと思ったのですが、本日27日のNHKクローズアップ現代+で取り上げるということなので、NHKのやる気を見守りたいと思います。

今村復興大臣発言は何がおかしいのか(2) 前橋地裁判決を曲解する政府

今村復興大臣の発言でもう一つ気になったのが、原発避難者が集団で国と東京電力に賠償を求めた事件の初の判決である、前橋地裁判決をねじ曲げて理解していたことです。

 

 

発言が撤回された?

報道によれば、今村復興大臣は、発言を「撤回」したらしいです。しかし、

今村大臣は、記者団から「発言を撤回するのか」と質問されたのに対し、「撤回するということで理解していただいて結構だ」と述べました。

今村復興相「帰還は自己責任」発言を撤回 | NHKニュース

となると、何を撤回したのか、よく分かりません。会見を聞く限り、自己責任という部分だけ撤回された、ということのように聞こえます。彼の発言の問題点は、自己責任論だけでないことは、前回指摘したとおりです。

 

opensociety.hatenablog.jp

より一般的に言えば、この種の「舌禍」事件において重要なのは、撤回あるいは謝罪したのかどうかではありません。多くの場合、それは騒ぎを沈静化するための便法に過ぎません。本当に大事なのは、元々の発言に現れている「本音」ではないでしょうか。本音を前提に討論するところからじゃないと、次のステップには進めない。

 

今村大臣の前橋地裁判決の認識

福島第一原発事故について、被災者からは多くの訴訟が提起されてきました。そのひとつであり、最初に判決が出された2017年3月17日の前橋地裁判決について、今村大臣は次のとおり言及しています。

(問)ああ、そうですか。その中で、やはり3月17日の前橋地裁の国とそれから東電の責任を認める判決が出たわけですけれども、国と東電は3月30日に控訴されました。ただし、同じような裁判が全国で集団訴訟が起こっておりますし、原発は国が推進して国策ということでやってきたことで、当然、国の責任はあると思うんですが、これら自主避難者と呼ばれている人たちに対して、国の責任というのをどういうふうに感じていらっしゃるのかということを、国にも責任がある、全部福島県に今後、今まで災害救助法に基づいてやってこられたわけですけれども、それを全て福島県と避難先自治体に住宅問題を任せるというのは、国の責任放棄ではないかという気がするんですけれども、それについてはどういうふうに考えていらっしゃるでしょうか、大臣は。

(中略)

(答)(中略)
 だから、それはさっきあなたが言われたように、裁判だ何だでもそこのところはやればいいじゃない。またやったじゃないですか。それなりに国の責任もありますねといった。しかし、現実に問題としては、補償の金額だって御存じのとおりの状況でしょう

(引用元:復興庁 | 今村復興大臣記者会見録[平成29年4月4日]

ここで気になるのは、後半の「補償の金額だって御存じのとおりの状況でしょう」という発言です。

たしかに前橋地裁判決では、原告に生じた精神的な損害について、低額の慰謝料しか認められず、かなり多くの原告が、すでに東京電力から支払われた賠償金を超える慰謝料が生じていないという理由で、請求棄却となっています。

認定された被害額は少額にすぎ、このため、既払額を超えず、棄却となった原告もおり、被害者が受けた精神的苦痛が適切に評価された金額と言えるかについては、大いに疑問がある。

(引用元:福島第一原発事故損害賠償請求事件 前橋地裁判決 弁護団声明(原子力損害賠償群馬弁護団)

ここでの問題は、低い賠償額を、国が責任を果たしていないとの批判に対する反論として、今村大臣が援用していることです。(もちろん、慰謝料額の認定自体が小さすぎるのではないかという別の問題も存在しますが、それはまたの機会に。)

前橋地裁判決で認められた賠償額が小さいことは、必ずしも避難者の被害や国の責任が小さいことを意味しません。 前橋地裁の事件では、避難者の精神的損害だけが請求の対象となっていました。避難に伴うより具体的な費用、たとえば移動や引越の費用、二重生活にともなう生活費の増加、避難にともなう離職による収入の減少などは、そもそも請求の対象となっていません。

これまでも、子どもがいる区域外避難世帯は、原発ADRに賠償を申し立てることで、子どもの人数にもよりますが、100万円から400万円程度の賠償金を得ることができています。原発ADRで請求できるのは、主に生活費の増加分や一時帰宅費用などの、実際に生じた損害の一部ですが、それでもこれだけの金額になるわけです。前橋地裁の事件で実際に争いになったのは、区域外避難者が受けた被害のあくまで一部であって、判決が認めた賠償額が低いことをもって、避難者の被害が小さいとも、国の責任が小さいとも、言うことはできません。

(ただ同時に、前橋地裁判決は、「現在も避難を継続することが合理的であるか」については一部の原告を除き明確な判断を行っておらず、「現在の避難費用についても国や東京電力は賠償責任を有するか」については何も語っていません。したがって、この判決だけを根拠に、現在の住宅支援は国の義務だと言い切ることには、やや躊躇を覚えます。)

 

国の責任について官僚が何を説明したのか

より深刻だと感じるのは、判決の内容をねじ曲げて伝えている官僚がいるはずだ、ということです。いくら今村氏が東大法学部出身だからって、彼が672ページある前橋地裁判決を自分で読んだはずはありません。上記の発言に至ったのは、復興庁なり法務省なりの担当者による判決内容についてのレクが行われ、そこで「「国の責任は認められましたが、額は小さいからたいしたことはありません」という説明が行われたのだろうと、容易に想像ができます。

前橋地裁判決の、国の責任に関するまとめは次のとおりです。

被告国は,遅くとも平成19年8月頃には, 上記認定の規制権限を行使して, 被告東電において, 本件結果回避措置を講じさせるべきであったのであり,また,前記第4節で検討したところによれば,同月頃に上記認定の規制権限を行使すれば,本件事故を防ぐことは可能であったのであるから,上記時点までこれを行使しなかったことは,炉規法及び電気事業法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国賠法1条1項の適用上違法であるというべきである。(p.620)

国策として,万がーにも事故を起こさないと説明した上で,原子力発電を導入した以上,「常に安全側に立って対策する」ことを第一に優先してその安全対策を検討すべきであり,被告東電の講じる安全対策が「常に安全側に立って対策する」ものでない場合に,被告東電に対して「常に安全側に立って対策する」ょう規制することを怠った場合には,当該規制権限の不行使は,許容される限度を逸脱して著しく不合理になるものと考えられる。(p.621)

被告国が規制権限を行使しないことが不合理であることの著しさは, 前記第7節で説示した被告東電に対する非難性の強さに匹敵するというべきであるから, 被告国が賠償すべき慰謝料額は,被告東電が賠償すべき慰謝料額と同額と考えられる。(p.625)

前橋地裁判決は、このように国の責任について厳しく指摘しています。こうした判示が、いま現に原子力規制や事故被害対応にあたっている政府関係者に、正しく説明されているとよいのですが、今村大臣発言からは、大変心許ないものを感じます。

 

 

ゴーサッチ氏がアメリカ最高裁判事に:少数派の抵抗を封じる議事ルールの変更を考える

アメリカ合衆国最高裁の判事として、保守派のゴーサッチ氏が上院による同意により選任されたというニュースが流れてきました。

Neil Gorsuch Confirmed by Senate as Supreme Court Justice | New York Times

 
アメリカ合衆国最高裁の判事は、大統領が指名するものの、上院の「助言と同意」が必要とされています。同意を阻止するために、これまで上院の少数派は、フィリバスター(議事妨害)と呼ばれる戦術を利用することができました。フィリバスターが行われると、上院議員100人中、フィリバスターの打ち切りに必要な60名の賛成がない限り、採決にたどり着けなかったわけです。
 
ゴーサッチ氏への同意にあたって、共和党は「核オプション」と呼ばれた戦術を用いました。議事ルールを変更し、最高裁判事への同意についてフィリバスターを終結させるために必要な票数を、60から、単純過半数(51人)に変更したのです。これにより、最高裁判事指名への同意は、単純に多数派が決定できるようになり、今回のゴーサッチ氏への同意につながりました。
 
昨年、オバマ前大統領が最高裁判事候補として指名したガーランド判事について、共和党が、選挙が近いことを理由に、上院でのヒアリングにすら応じませんでした。今回民主党がフィリバスターを行使したのは、この共和党の対応への反撃が理由となっています。公平性のために付記すれば、議事終結の要件のうち、下級裁判所の判事や行政府の長官について2013年に緩和したのは民主党です。民主党からも、共和党からも、今回の最高裁判事同意をめぐる政争は、ある種の意趣返しと移っているのでしょう。
 
意思決定のルール(たとえば日本国憲法の改正には各院の総議員の3分の2の同意が必要であるとか)には、相応の先人の知恵が詰まっていることが多いように思われます。これを、目の前の政治的目標の実現のために変更することは、超党派での合意形成のための努力をおろそかにさせ、熟議による政治から遠ざかる結果となる危険性をはらんでいます。
 
少なくとも、今回の議事ルール変更は、この先民主党が大統領と上院の多数を奪い返した際に、共和党に不利に働くことは間違いありません。議論のルールは、自らが少数派となり得ることを常に意識して検討される必要があるのではないでしょうか。
 
こうして、スカリア判事の死去によって生じた最高裁の空席は、無事に(?)保守派によって埋められ、最高裁は保守派5対リベラル派4という構成に戻ることになりました。今後のゴーサッチ判事の見解が注目されます。

今村復興大臣発言は何がおかしいのか(1) 自主避難は自己責任ではない

今村復興大臣が、記者会見で「自主避難は自己責任だ」などと述べたとして、厳しく批判されています。

自主避難は「自己責任」~復興大臣明言 | OurPlanet-TV:特定非営利活動法人 アワープラネット・ティービー

彼の発言の何がおかしいのか。少し法的に見てみたいと思います。

 

 

自主避難は「自己責任」なのか

(問)判断ができないんだから、帰れないから避難生活を続けなければいけない。それは国が責任をとるべきじゃないでしょうか。
(答)いや、だから、国はそういった方たちに、いろんな形で対応しているじゃないですか。現に帰っている人もいるじゃないですか、こうやっていろんな問題をね……。
(問)帰れない人はどうなんでしょう。
(答)えっ。
(問)帰れない人はどうするんでしょうか。
(答)どうするって、それは本人の責任でしょう。本人の判断でしょう。
(問)自己責任ですか。
(答)えっ。
(問)自己責任だと考え……。
(答)それは基本はそうだと思いますよ。

(引用元:復興庁 | 今村復興大臣記者会見録[平成29年4月4日]

要するに復興大臣は、応急仮設住宅の供与打ち切り後も避難を続ける人たちは「自己責任」であり、国には責任がないと言いたいようです。

この発言は、これまで避難区域外からの避難者(ここでは自主避難ではなく区域外避難と呼びます)についての法律や政府の方針とは大きく矛盾します。

たとえば、原子力損害の賠償に関する法律に基づいて設置されている原子力損害賠償紛争審査会は、区域外避難者について、2011年12月、以下のように述べ、東京電力が区域外避難者に対し賠償すべきと述べました。

少なくとも中間指針追補の対象となる自主的避難等対象区域においては、住民が放射線被曝への相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり、また、その危険を回避するために自主的避難を行ったことについてもやむを得ない面がある

(引用元:東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針追補(自主的避難等に係る損害について):文部科学省

その後、2012年6月に制定された原発事故子ども・被災者支援法は、福島市や郡山市などの支援対象地域からの避難者について、

第3条 国は、原子力災害から国民の生命、身体及び財産を保護すべき責任並びにこれまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任を負っていることに鑑み、前条の基本理念にのっとり、被災者生活支援等施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。

と定めています。つまり、国には、国民の生命や身体を守るという責任とこれまで原子力政策を推進してきた責任という、2つの責任があることを前提に、被災者の生活支援については、国に実施責任があるとしているのです。

また、同法は、生活支援施策の基本理念として、

2条2項 被災者生活支援等施策は、被災者一人一人が第八条第一項の支援対象地域における居住、他の地域への移動及び移動前の地域への帰還についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない。

としています。ここでいう「他の地域への移動」というのが避難のことです。つまり、国は、避難を継続するか、元の住居に帰還するかを避難者自身が選べるように、両方の選択を支援することとされているわけです。

このように、これまでの政府の審査会の指針では、区域外避難は「やむをえない」とされており、また法律も、避難を継続する場合でも帰還する場合でも、適切に支援することになっています。避難の継続が「自己責任」であるという考え方は、どこでも取られていません。むしろ、避難者の住宅の確保について、国が施策を講じるよう求めているのが法律の規定です。

行政府の一番の役割は、国会が定めた法律を誠実に執行することです。法律に規定すら無視して、自主避難が「本人の責任」であると言い放つ方は、およそ復興庁の責任者にふさわしくありません。

 

国は福島県を支援すればよいのか

記者会見で、今村大臣は、「避難者支援は福島県が行う、国は福島県をサポートする」と繰り返し述べていました。

(答)このことについては、いろんな主張が出てくると思います。今、国の支援と言われますが、我々も福島県が一番被災者の人に近いわけでありますから、そこに窓口をお願いしているわけです。国としても福島県のそういった対応についてはしっかりまた、我々もサポートしながらやっていくということになっておりますから、そういうことで御理解願いたいと思います。

(引用元:復興庁 | 今村復興大臣記者会見録[平成29年4月4日]

なぜ原発事故の避難者の支援を、福島県が前面に立って担当しなければならないのでしょうか。事故を起こしたのは、(争いはありますが)十分な津波対策を怠っていた東京電力であり国です。県民を保護するという一般的な責務を超えて、ここまでの対応を福島県に求める理由は、何も説明されていません。

福島県が避難者支援を担当しているのは、直接的には災害救助法という法律の仕組みによるものです。同法は、

2条 この法律による救助(以下「救助」という。)は、都道府県知事が、政令で定める程度の災害が発生した市町村(特別区を含む。)の区域(中略)内において当該災害により被害を受け、現に救助を必要とする者に対して、これを行う。

と定め、災害救助法に基づく救助の実施責任を都道府県知事に負わせています。これまでの住宅支援は、災害救助法に基づく応急仮設住宅の供与として行われてきたため、福島県が前面に出ざるを得ませんでした。

しかし、これが原発事故による被災者支援の本来の姿とは考えられません。

第一に、法律の規定です。先ほど引用した原発事故子ども・被災者支援法には、被災者に対する生活支援は、国の責務であると明記されています。同法の具体的な避難者支援の条文を見ても、

(支援対象地域以外の地域で生活する被災者への支援)

9条 国は、支援対象地域から移動して支援対象地域以外の地域で生活する被災者を支援するため、支援対象地域からの移動の支援に関する施策、移動先における住宅の確保に関する施策、(中略)その他の必要な施策を講ずるものとする。

と記載されており、避難者の「住宅の確保に関する施策」は国が講じることを明言しています。原発事故子ども・被災者支援法には、その実施に当たって都道府県に頼ってよいとの条文はいっさいありません。

第二に、先に述べた原発事故の責任です。原発事故子ども・被災者支援法でも、原子力政策を推進してきた国の責任に基づき、国が被災者支援を行うこととされていました。さらに、福島第一原発事故の国の法的責任が問われた事件での初めての判決である先日の前橋地裁判決は、国が適切に規制権限を行使していれば今回の事故は防げたのであり、事故によって生じた被害について国が東京電力と並んで責任を有すると明言し、区域外避難者への賠償を命じました。そうであれば、避難者の住宅支援も、国が直接責任を持って実施すべきでしょう。

第三に、広域避難の特殊性です。今回の事故の被災者は、北海道から沖縄まで全国各地に避難しました(海外に避難した方もいらっしゃいます)。日本の各地に点在する避難者すべてを適切に支援するためには、国が前面にでるほかに方法がありません。現在は、避難者対応が福島県による支援と、福島県からの要請を受けた各自治体の独自対応に委ねられてしまっています。この3月末の住宅無償提供打ち切り後、どこへ避難したか、どのような住居に入居したかによって、避難者が受けられる支援はまちまちという、きわめて理不尽な事態が生じているのも、この国の丸投げが原因です。

 

国は避難者の実情を知らなくてよいのか

今村大臣は、対応を福島県に委ねている理由として、福島県の方が情報を把握しているからだと述べています。

(答)このことについては、いろんな主張が出てくると思います。今、国の支援と言われますが、我々も福島県が一番被災者の人に近いわけでありますから、そこに窓口をお願いしているわけです。国としても福島県のそういった対応についてはしっかりまた、我々もサポートしながらやっていくということになっておりますから、そういうことで御理解願いたいと思います。

(答)(中略)国の役人がね、そのよく福島県の事情も、その人たちの事情も分からない人たちが、国の役人がやったってしようがないでしょう。あるいは、ほかの自治体の人らが。だから、それは飽くまでやっぱり一番の肝心の福島県にやっていっていただくということが一番いいというふうに思っています。

でも、国は被災者支援を自ら行う責務がある以上、避難者の現状を自ら把握する義務もあるはずです。自分たちより福島県の方が分かっているから、というのは、そのような状態を招いた原因、すなわち「国が避難者の現状を把握しようとしていない」という事実を無視した主張です。

原発事故子ども・被災者支援法は、次の2つの条文で、被災者の意見を施策に反映させるよう国に求めています。

(基本方針)
5条3項 政府は、基本方針を策定しようとするときは、あらかじめ、その内容に東京電力原子力事故の影響を受けた地域の住民、当該地域から避難している者等の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。
(意見の反映等)
14条 国は、第八条から前条までの施策の適正な実施に資するため、当該施策の具体的な内容に被災者の意見を反映し、当該内容を定める過程を被災者にとって透明性の高いものとするために必要な措置を講ずるものとする。

国が被災者の状況を把握していないのであれば、それは国が法律で定められた必要な意見聴取を行っていないからです。事情の分からない国の役人がやってもしようがないという発言は、悪質な開き直りにしか見えません。

 

前橋地裁判決に対する今村大臣の認識についての続きはこちら。

 

opensociety.hatenablog.jp

 

 

www.change.org

 

 

 

 

イスラム圏7カ国からの入国を停止する大統領令は違憲か:ワシントン州対トランプ事件控訴審命令

はじめに

 本翻訳は、トランプ大統領が2017年1月27日に発令した、イスラム教徒が多数派を占める7カ国(イラク、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、シリアおよびイエメン)からの入国を禁止する大統領令(Executive Order No. 13769)について、その執行を禁じた地裁命令を維持した、連邦控訴裁判所の命令(Washington v. Trump, 847 F.3d 1151 (9th Cir. 2017))の和訳です。

 上記の大統領令について、ワシントン州(後にミネソタ州も加わります)が原告となり、緊急差止命令(TRO)を申し立てました。ワシントン西地区連邦地方裁判所(ジェイムズ・L・ロバート判事)は、詳細な理由を付さず、緊急差止めを命じました。これに対して連邦政府が控訴すると同時に、地裁の緊急差止命令の緊急執行停止を求めたのが、下記の裁判例です(少しややこしいですね)。

 その後、トランプ大統領は、3月6日、この命令に対応して修正した大統領令の一部改訂版を発布し、その発行日とされた3月16日の前日、ハワイ地区連邦地方裁判所が改訂版の執行を再度差し止めています。

 本翻訳は、当初は抄訳をFacebook上で公開していたのですが、長すぎると非難され、検索にも引っかからないと認識し、ブログを開設しこちらに全訳を掲載することにしました。もとより未熟な翻訳ですので、改善のためのコメントを歓迎します。

原文はこちらです。

https://cdn.ca9.uscourts.gov/datastore/opinions/2017/02/09/17-35105.pdf

また、控訴裁判所での審理の様子はこちらから確認することができます。

17-35105 State of Washington & State of Minnesota v. Trump

翻訳

アメリカ合衆国第9巡回区控訴裁判所

 

事件番号 17-35105

地方裁判所事件番号 2:17-cv-00141

 

ワシントン州、ミネソタ州

 原告・被上訴人

 

アメリカ合衆国大統領ドナルド・J・トランプ、国家安全保障省、国務長官レックス・W・ティラーソン、国家安全保障省長官ジョン・F・ケリー、アメリカ合衆国

 被告・上訴人

 

命令

 

アメリカ合衆国ワシントン西地区地方裁判所地方裁判所判事ジェイムズ・L・ロバートによる命令に対する執行停止申立て

 

弁論および結審日 2017年2月7日

命令日 2017年2月9日

 

巡回裁判所判事 ウィリアム・C・キャンディー、リチャード・R・クリフトンおよびミッシェル・T・フリードランド

 

全員一致による命令

 

代理人一覧(省略)

 

命令

 

全員一致:

 

 この緊急手続きの対象は、大統領令13769「外国人テロリストのアメリカ合衆国への入国から国家を保護する」である。同大統領令は、移民政策および手続きについて、他の変更のほか、7カ国出身の個人が合衆国に入国することを90日間にわたり禁止している。2つの州が、大統領令が違憲であり連邦法に違反するとして提訴し、連邦地方裁判所は、申立てを認め、大統領令の執行を一時的に差し止めた。連邦政府は、地方裁判所による一時差止命令について、同命令に対する上訴が審理されている間、緊急に執行を停止するよう申し立てた。

 連邦政府の申立てについて判断するためには、いくつかの要素を考慮しなければならない。考慮要素には、連邦政府が控訴において本案に勝訴する蓋然性があるとの疎明がなされていること、執行停止ないしその拒否によって生じる困難の程度および執行停止を許可しあるいは拒否することによる公益が含まれる。当裁判所は、このきわめて初期の段階において両当事者から提出された限られた証拠に照らし、これらの要素を評価した。また当裁判所は、本件における「困難」と「公益」の分析においては、とりわけ双方の繊細でかつ重大な利益が関係することを認識している。それでもなお、当裁判所は、連邦政府は上訴における本案の勝訴の蓋然性も、執行停止がなされなかった場合に生じうる回復困難な損害も、疎明することができなかったと判断し、緊急執行停止申立てを却下する。

 

I. 背景

 

2017年1月27日、大統領は、大統領令13769「国家をテロリストの合衆国への入国から保護する」(以下「大統領令」という。)を発令した(82 Fed. Reg. 8,977)。大統領令は、2011年9月11日のテロ攻撃を引用し、それ以後「多くの外国で出生した個人が、テロ関連犯罪によって有罪とされ、あるいはこれらへの関連を疑われてきた」と述べ、「アメリカ合衆国は、入国する者たちがアメリカ合衆国とその建国の理念に敵対的態度を有さないことを確保しなければならない」と宣言した(Id.)。大統領令は、「いくつかの国における戦争、紛争、災害および社会不安による情勢の悪化により、テロリストがアメリカ合衆国に入国するあらゆる方法を利用する蓋然性が増大している。アメリカ合衆国に入国を許可される者が、アメリカを害する意図を有しておらず、テロリズムとのつながりを有していないことを確保するために、ビザ発給手続きを慎重に行わなければならない。」と断じた。

 大統領令は、非市民のアメリカ合衆国への入国にあたっての政策と手続きについて、いくつかの変更を加えた。ここで争点となっているのは3点である。第一に、大統領令3項(c)は、7つの国(イラク、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、シリアおよびイエメン)からの外国人の入国を90日間にわたって停止している(82 Fed. Reg. 8,977-78 (citing the Immigration and Nationality Act (INA) § 217(a)(12), codified at 8 U.S.C. § 1187(a)(12)))。第二に、大統領令5項(a)は、アメリカ合衆国難民受入プログラムを120日間停止した(82 Fed. Reg. 8,979)。大統領令5項(b)は、難民プログラムの再開にあたって、難民の出身国において当該難民の宗教が少数派である場合の宗教による迫害に基づく申請を優先するよう、国務省に指示している。第三に、大統領令5項(c)は、すべてのシリア人難民の入国を無期限に停止している(Id.)。大統領令3項(g)および5項(e)は、「国益にかなう場合には」これらの規定について事案毎に例外を設けることを、国務省長官と国土安全保障省長官に許容している(82 Fed. Reg. 8,978-80)。大統領令は、国務省長官、国土安全保障省長官および国家情報長官に対し、入国が停止されている間、アメリカ合衆国のビザ、入国および難民に関するプログラムについて、評価を行うよう求めている(82 Fed. Reg. 8,977-80)。

 大統領令は、直ちに広範な影響を与えた。何千ものビザが直ちに取り消され、このようなビザを有する数百人の旅行者がアメリカ合衆国行きの飛行機への搭乗を拒否され、あるいは到着後入局を拒否され、また拘束された旅行者もいると報じられている。3日後の2017年1月30日、ワシントン州は、大統領、国家安全保障省長官、国務省長官およびアメリカ合衆国(以下併せて「連邦政府」という。)を被告として、大統領令の3項(c)、5項(a)ないし(c)および(e)の効力を争う訴訟を、アメリカ合衆国ワシントン西地区地方裁判所(訳注:以下「地方裁判所」という。)に提起した。ワシントン州は、大統領令は違憲かつ違法にワシントン州の住民を海外に留め置き、家族を離ればなれにし、渡航を制限し、また州の経済と公立大学に損害を与えており、これは修正1条および修正5条、INA、外交改革再構築法、信教の自由回復法および行政手続法に違反していると主張している。ワシントン州はまた、大統領令は外国民によるテロ攻撃から保護することを真の目的としておらず、むしろ大統領が大統領選挙のキャンペーン中に実行すると述べていた「イスラム教徒禁止」の立法化を意図していると主張している。

 ワシントン州は、地方裁判所に対し、争われている大統領令の条項は違法かつ違憲であることを宣言し、国全体でその執行を差し止めるよう求めた。同日、ワシントン州は、大統領令3項(c)、5項(a)ないし(c)および(e)の執行の停止を求める一時差止命令(Temporary Restraint Order。以下「TRO」という。)の緊急申立てを提出した。2日後、ワシントン州の訴状について、ミネソタ州を原告として追加し、また修正10条に基づく請求を加える訂正申立書が提出された。ワシントン州およびミネソタ州(以下「州ら」という。)は共同で、修正されたTRO申立てを提出した。翌日、連邦政府は申立てに反対し、その翌日、地方裁判所は口頭審理を開催した。

 同日夕刻、地方裁判所はTROを認める書面による命令を発出した(Washington v. Trump, No. C17-0141-JLR, 2017 WL 462040 (W.D. Wash. Feb. 3, 2017))。地方裁判所は、大統領令は相当数の人々に深刻かつ現在の被害を生じさせ、州に悪影響を与えており、また州らは大統領令が違法であると証明する蓋然性があると、仮に結論した(Id. at *2)。地方裁判所は、第3項(c)および第5項(a)ないし(c)の全体について国全体で執行を差し止めた。地方裁判所は、第5項(e)について、「特定の宗教的少数派による宗教上の主張を優先しようとする」範囲で差し止め、連邦政府が「特定の宗教的少数派の難民申請を優先する行為を続行すること」を禁止した。同裁判所はまた、当事者らに対し、州らによる予備的差止めの申立てについての書面提出期限を提案するよう指示し、また緊急上訴が審理されている間TROの執行を停止するよう求める連邦政府の申立てを却下した。

 連邦政府は、翌日、当裁判所に控訴通知を提出し、緊急執行停止およびこれが審理中の間の即時執行停止を求めた。当裁判所は即時執行停止の要請を拒否し、その後2日間にわたる緊急執行申立てに関する答弁書と反論書面の提出期限を定めた[1](Washington v. Trump, No. 17-35105, 2017 WL 469608 (9th Cir. Feb. 4, 2017))。口頭審理が電話会議により開催され、申立ての審理は終結した。

 

II. 上訴管轄権

 

 州らは、連邦政府による上訴は未成熟であり、当裁判所は連邦政府による執行停止申立てについて管轄権を有さないと主張する。TROに対しては、通常上訴することができない(See Bennett v. Medtronic, Inc., 285 F.3d 801, 804 (9th Cir. 2002))。一方、当裁判所は、TROとして発出された命令であっても、これが「予備的差止めとしての性格を有する」場合には、審査の対象とすることができる(Serv. Emps. Int’l Union v. Nat’l Union of Healthcare Workers, 598 F.3d 1061, 1067 (9th Cir. 2010))。このルールによれば、上訴しようとする者は、当該TROが地方裁判所における対審において真剣に争われたものであり、かつ連邦民事訴訟規則65(b)が定める14日間を超えて効力を有することを疎明しなければならない(See, e.g., id.)。

 当裁判所は、本件の特殊な状況において、地方裁判所の命令は上訴可能な予備的差止めとしての性質を有していると考える。各当事者は、地方裁判所における提出書面と口頭審理において、TROの法的根拠について激しく争った。地方裁判所の命令には失効日が定められておらず、その後の審理も予定されていない。地方裁判所は最近、州らの予備的差止めに関する書面提出期限を定めたものの、この期限に関する命令から、TROが14日間を超えて効力を有することは明らかである。連邦政府が、テロリズムを防止する努力のために、緊急の救済が必要であると主張している本件の異例な状況に照らし、当裁判所は、このTROの有効期間は、TROが上訴可能な予備的差止めとしての性質を有していると判断するのに十分な程度に長いと考える[2]

 

III. 原告適格

 

 連邦政府は、州らが原告適格を有しておらず、地方裁判所は事物管轄権を有していないと主張する。当裁判所は管轄権について独自に判断する義務を有しており(Arbaugh v. Y & H Corp., 546 U.S. 500, 514 (2006))、連邦政府の議論を最初から(de novo)検討する(see, e.g., Hajro v. U.S. Citizenship & Immigration Servs., 811 F.3d 1086, 1098 (9th Cir. 2016))。当裁判所は、少なくともこの手続きの初期の段階において、州らは原告適格を基礎付ける十分な疎明を行ったと結論する。

 憲法3条2項が連邦裁判所に取り上げることを許容しているのは「事件」と「争訟」(cases and controversies)のみである(Massachusetts v. EPA, 549 U.S. 497, 516 (2007))。「この2つの言葉は、『連邦裁判所の業務を、対立当事者という文脈で提示され、伝統的に司法過程において解決することが可能であると見られてきた問題に限定している』」。(quoting Flast v. Cohen, 392 U.S. 83, 95 (1968))。「原告適格は『事件と争訟』要件の本質的かつ不変の一部であ」って、当裁判所の管轄権の前提である(See Lujan v. Defs. of Wildlife, 504 U.S. 555, 560 (1992))。「原告適格の問題の要点」は、当事者が真に対立的であり法的に研ぎ澄まされた主張立証を行うことを確保するという目的のために、原告が「問題となっている争訟の結果について個人的な利害を」十分に有しているか否かにある(Massachusetts, 549 U.S. at 517 (quoting Baker v. Carr, 369 U.S. 186, 204 (1962))。

 憲法3条に基づく原告適格を確立するためには、原告は「すでに生じているか差し迫っている具体的かつ個別的な損害を被っており、その損害は被告に相応に起因するものであり、かつ原告勝訴の決定が当該損害を回復する」ことを示さなければならない(Id. (citing Lujan, 504 U.S. at 560-61))。

 原告適格は「原告の主張の不可欠の一部」であるから、「訴訟の各段階において求められる立証の方法および程度に従い、原告が証明責任を負っている他の事項と同様に証拠によって基礎付けられなければならない」(Lujan, 504 U.S. at 561)。本訴訟はきわめて初期の段階にあり、州らは、疎明責任を満たすために、訴状に記載された主張およびTRO申立てを裏付けるために提出した他のあらゆる証拠に依拠することができる。主張と証拠によって、州は「原告適格の各要素について明確な疎明」をしなければならない(Townley v. Miller, 722 F.3d 1128, 1133 (9th Cir. 2013))[3]

 州らは、大統領令が、州らの公立大学に対して具体的で個別的な損害をもたらしていると主張する。公立大学が、州法上、州らの部門であることは当事者に争いがない(See, e.g., Hontz v. State, 714 P.2d 1176, 1180 (Wash. 1986) (en banc); Univ. of Minn. v. Raygor, 620 N.W.2d 680, 683 (Minn. 2001))。

 特に、州らは、影響を受ける7カ国の国民である教員および学生に対する大統領令の影響によって、州らの大学の教育および研究上の使命が阻害されていると主張する。これら学生および教員は、研究、学術上の共同作業や個人的な理由による渡航をすることができず、また海外にいる彼・彼女らの家族は来訪することができない。海外に留め置かれ大学に戻ることができない者もいる。大学は優秀な学生候補を選抜することができず、7つの影響を受ける国出身の教員を採用することができない(過去にこれらの国出身の教員を採用したこともある。)。

 州らが提出した陳述書によれば、ワシントン州立大学に在籍予定だった2名の客員研究員はアメリカ合衆国への入国を拒否され、一人はビザを取得できないと通知された。同様に、ワシントン大学は大統領令のビザに関する部分の適用を受ける国出身の3人について雇用予定であり保証人となって入国を準備中であり、2017年2月初旬の到着を計画していたところ、彼・彼女らはアメリカ合衆国に入国できなくなった。ワシントン大学はまた、2人の薬学および科学のインターンを採用予定だったが、彼・彼女らも大統領令によってワシントン大学に来ることができなくなった。ワシントン大学は、すでにインターンのためのビザ申請の費用を負担しており、入国が拒否されればこれらの投資は損失となる。両校は、「グローバルな関わり」を使命としており、教育上の目標を達成するために、海外出身の学生、学者および教員に依存している。ミネソタ州の公立大学の学生や教員も同様に、学術上および個人的な渡航を制限されている。

 「第三者の原告適格」の法理によれば、こうした州立大学の損害に基づき、州らは、大統領令によって影響を受ける学生、学者および教員の権利を主張する適格を有する(See Singleton v. Wulff, 428 U.S. 106, 114-16 (1976)(第三者の原告適格は、第三者の利益が「訴訟当事者が求める活動に密接に関係する」とき、訴訟当事者が第三者と「同じくあるいはほぼ同程度に効果的な権利の擁護者」であるとき、あるいは第三者が自身の権利を十分に主張することができないときに認められると説明する。))。たとえば、販売者は、「市場や機能へのアクセスを求める第三者の権利の主張者として、営業の制限に抵抗することが一貫して認められてきた」(Craig v. Boren, 429 U.S. 190, 195 (1976))。同様に、医師は、その患者の権利を主張することが認められてきた(See, e.g., Griswold v. Connecticut, 381 U.S. 479 (1965))。全米黒人地位向上協会のような政策提言団体は、その構成員の憲法上の権利を主張することが認められてきた(See, e.g., NAACP v. Alabama, 357 U.S. 449 (1958))。

 現在の目的にもっとも関連することは、学校が、生徒の権利を主張することが認められてきたことである(See, e.g., Runyon v. McCrary, 427 U.S. 160, 175 & n.13 (1976) (「学校が、自由な結社の権利、プライバシーの権利および『子どもの教育内容を定める親の権利』を保護者に代わって主張する適格を有することは明らかである。」); Pierce v. Soc’y of Sisters, 268 U.S. 510, 536 (1925) (「子どもらが適切な精神的宗教的訓練を受けることができる学校を選択する親の権利および親の学校の選択に影響を与える子どもの権利」を学校が主張することを認めた。); Parks Sch. of Bus., Inc. v. Symington, 51 F.3d 1480, 1487-88 (9th Cir. 1995) (Pierce事件判決を引用し、マイノリティの学生に対する差別について、原告である学校が原告適格を有さないとの主張を拒否した。); see also Ohio Ass’n of Indep. Sch. v. Goff, 92 F.3d 419, 422 (6th Cir. 1996) (citing similar authorities))。これら事件と同様に、本件における州立大学の利益は、学生の利益と一線にある。学生の教育の成功は、学生を教育する大学の能力と「密接に関連」している(Singleton, 428 U.S. at 115)。大学の評価は、教授たちの研究の成功に依存している。したがって、州立大学の運営者として、州らは、大統領令によって影響を受ける自らの権利のみならず、学生や教員の権利をも主張することができる[4]

 したがって、当裁判所は、州らが大統領令に起因する独自の利益への損害を主張したと結論する。必要な因果関係は、2つの論理的なステップによって示すことができる:(1) 大統領令は7カ国の国民がワシントン州およびミネソタ州に入ることを妨害し、(2) その結果、州立大学に入学できなくなり、教員として大学に加わることができなくなり、研究することができなくなり、また出国したら帰国が認められなくなる。そして、州らの損害が、州らが求める救済(大統領令が憲法に違反しているという宣言およびその執行の差止め)が与えられることにより回復することは、容易に結論することができる。この点について連邦政府は反論していない。

 したがって当裁判所は、州らが原告適格を有すると判断する[5]

 

IV. 大統領令に対する司法審査可能性(reviewability)

 

 連邦政府は、大統領が「あらゆる種類の外国人について入国を停止する司法審査不可能な(unreviewable)権限」を有しているため、地方裁判所は大統領令の執行を差し止める権限を欠いていたと主張する。連邦政府は、政治部門によってなされた移民および安全保障上の政策決定について、裁判所は相応の敬譲を払う必要があると主張しているだけではない-このような見解は、判例上当然に認められた原理である(see, e.g., Cardenas v. United States, 826 F.3d 1164, 1169 (9th Cir. 2016) (「外国人を退去させ入国させない権限は、政府の政治部門によって行使され司法権による統制から原則として免除される主権の根本的な属性である」との認識を示した(quoting Fiallo v. Bell, 430 U.S. 787, 792 (1977)) ; see also Holder v. Humanitarian Law Project, 561 U.S. 1, 33-34 (2010) (安全保障と外交については裁判所は政治部門に対して敬譲を示すべきであると説明した。))。むしろ、連邦政府は、大統領による移民政策に関する決定は、特にそれが安全保障上の理由によるものであるときは、これら行為が憲法上の権利や保護に反する場合であっても、司法審査の対象外であるとの立場をとっている。連邦政府は、司法権が、今回のような行政権の行使に対する憲法上の提訴を許容することは、権力分立に反するとまで主張している。

 連邦政府が主張する司法審査不可能性(unreviewability)を支持する先例は存在しないし、この主張は私たちの立憲民主主義の根本的な構造に反する(See Boumediene v. Bush, 553 U.S. 723, 765 (2008) (「政治部門」は「憲法のスイッチを自由に入れたり切ったりする権限」を有しておらず、議会や行政府が、たとえ議会の制定法によったとしても、連邦裁判所の敵性戦闘員に関する令状権限を奪うことはできないと判示した。))。私たちのシステムにおいては、法を解釈することは司法権の役割であり、この役割は「三権の一つによってなされた憲法上の権限行使を争う争訟の解決」を必要とする義務である(Zivotofsky ex rel. Zivotofsky v. Clinton, 566 U.S. 189, 196 (2012) (quoting INS v. Chadha, 462 U.S. 919, 943 (1983))。本訴訟において、当裁判所はこの義務を果たすことを求められている。

 判例は、移民や安全保障に関する事項について政治部門への敬譲を長い間払ってきたが、最高裁判所も当裁判所も、裁判所がこれら分野に関する執行府の行為の憲法適合性を審査する権限を欠いていると述べたことはない。反対に、移民に関して政治部門が司法審査不可能な権限を有しているとか、政治部門がこの分野について政策形成を行う際には憲法に従う必要はないといった見解を、最高裁判所は、何度にもわたって、明確に否定してきた(See Zadvydas v. Davis, 533 U.S. 678, 695 (2001) (移民に関する政治部門の権力は「重要な憲法上の制約に服する」ことを強調した。); Chadha, 462 U.S. at 940-41 (議会が「外国人を規制する司法審査不可能な権限」を有しているとの議論を否定し、「議会が当該権限について憲法上許容される実施方法を選択したか否か」について裁判所は司法審査できることを承認した。))[6]。当裁判所も、「外国人であることによる区別は外交政策と安全保障に関する事項に深く結びついているが」、裁判所は、「憲法上の権利が問題となっているときは、立法上・執行上の行為を正当化するために提出された外交政策に関する主張を審査することが可能であり、実際に審査してきた」(American-Arab Anti-Discrimination Comm. v. Reno, 70 F.3d 1045, 1056 (9th Cir. 1995))。

 Mandel事件判決(Kleindienst v. Mandel, 408 U.S. 753 (1972))によっても、異なる結論には至らない。連邦政府は、「文面上正当で真摯な理由に基づき執行府が移民に関する権限を行使しているときは、裁判所は執行府の裁量行使の背景を審査しない」との立場を擁護するものとしてMandel事件を引用する。連邦政府は、この司法審査の基準がすべての移民に関する執行府の権限の行使に適用されることを暗に示すため、引用の一部を落としている。実際には、Mandel基準は、議会が定めた基準をビザ申請における特定の事実関係に適用した結果としての個別のビザの発給ないしその拒否に関する執行府職員の決定に関する訴訟において適用される。本件は、個別のビザ申請における具体的な事実への特定の議会が定めた政策の適用に関する問題ではない。州らは、大統領による広範な移民政策の発布を争っているのである。このような政治部門の最高レベルにおける政策決定権限の行使には、Mandel基準は適用されない。Zadvydas事件判決およびChadha事件判決が明らかにしているとおり、裁判所は、移民政策の内容および実施に対する憲法上の争いについて、審査を行うことができ、また行ってきたのである(See Zadvydas, 533 U.S. at 695; Chadha, 462 U.S. at 940-41)。

 このことは、争われている移民に関する行為が、安全保障上の懸念に基づくとしても同じである(See Ex parte Quirin, 317 U.S. 1, 19 (1942) (「戦時においても平時においても、市民的自由の憲法上の保護を損なうことなく維持することは」裁判所の義務であると判示した。); Ex parte Milligan, 71 U.S. 2, 120-21 (1866) (「アメリカ合衆国憲法は、戦時であれ平時であれ、あらゆる状況下において、統治者と人民の法である。」))。当裁判所は、組織的能力、情報へのアクセスおよび裁判所の専門性という観点から、安全保障と外交については、政治部門への敬譲が特に適切であることを認識している(See Humanitarian Law Project, 561 U.S. at 33-34)。

 それでもなお、安全保障に関する事項についての「政治部門の行為の審査について裁判所は無力ではない」(Alperin v. Vatican Bank, 410 F.3d 532, 559 n.17 (9th Cir. 2005))。最高裁判所は、政治部門による安全保障上の決定への敬譲について忠告しながら、他方で、戦時中においても、「連邦政府の権限と専門性は、憲法が個人に認めた保障を確保するという裁判所の義務に自動的に勝るわけではない」と明言している(Humanitarian Law Project, 561 U.S. at 34 (quoting id. at 61 (Breyer, J., dissenting)); see also United States v. Robel, 389 U.S. 258, 264 (1967) (「『国防』とさえ言えば、国防の促進のためのあらゆる立法権の行使の正当化が済むわけではない。(中略)国防の名の下に、国防が守ろうとしている自由を破壊することが認めらるのであれば、皮肉である。」); Zemel v. Rusk, 381 U.S. 1, 17 (1965) (「単に制定法が外交に関するものであるというだけで、執行府による制限のない選択の自由を承認することにはならない。」))。

 実際に、連邦裁判所は、安全保障を促進するための執行府による行為について、繰り返し合憲性を審査し、効力を否定することまでしてきた(See, e.g., Boumediene, 553 U.S. 723 (アフガニスタンや他の地域で逮捕された後、2001年9月11日のテロ攻撃を承認し、計画し、実施しあるいは援助したと疑われ「敵性戦闘員」と判断された非市民による人身保護申立てについて、連邦裁判所の管轄権を奪おうとした連邦法を無効とした。); Aptheker v. Sec’y of State, 378 U.S. 500 (1964) (安全保障上の懸念にもかかわらず、共産党のメンバーであるアメリカ人へのパスポートの発給を禁止した制定法を違憲と判断した。); Ex parte Endo, 323 U.S. 283 (1944) (第二次世界大戦中の、法を遵守し忠誠を誓っている日本人の祖先を持つアメリカ人の拘束を違憲と判断し、こうした個人による人身保護申立てへの連邦裁判所の管轄権を認めた。)。Hamdi事件判決(Hamdi v. Rumsfeld, 542 U.S. 507 (2004))の相対多数意見は、「他国との外交や戦時における敵国組織との交渉についてアメリカ合衆国憲法がいかなる権限を執行府に与えていたとしても、個人の自由が問題となっている場合には、憲法は間違いなく三権のすべてにそれぞれの役割を与えている」と指摘した(Id. at 536 (plurality opinion))。

 以上をまとめると、移民や安全保障に関する大統領の政治的決定について裁判所は相応の敬譲を払うものの、連邦司法府が執行府の行為に対する憲法上の争いを解決する権限を有していることは疑いようがない。

 

V. 法的基準

 

 連邦政府は、この上訴が審理されている間、地方裁判所の命令の執行を停止するよう申し立てている。「仮に執行停止が認められないことによって回復困難な損害が生じるとしても、執行停止は権利ではない」(Nken v. Holder, 556 U.S. 418, 433 (2009) (quoting Virginian Ry. Co. v. United States, 272 U.S. 658, 672 (1926)))。「むしろ執行停止は司法権の裁量の行使であり、その妥当性は個別事件の状況による」(Id. (quoting Virginian, 272 U.S. at 672-73) (alterations omitted))。「執行停止を申し立てた当事者が、かかる裁量の行使を正当化する状況の存在について疎明責任を有する」(Id. at 433-34)。

 当裁判所の判断は、4つの質問によって決せられる。「(1)執行停止の申立人が本案において勝訴する蓋然性を明確に疎明したか。(2)執行停止がなければ申立人は回復困難な損害を被るか。(3)執行停止の発令は手続きに利害関係を有する他の関係者に重大な損害を与えるか。(4)公益はどこに存在するか」(Lair v. Bullock, 697 F.3d 1200, 1203 (9th Cir. 2012) (quoting Nken, 556 U.S. at 434))。「最初の2つの要素が最も重要であ」り(Nken, 556 U.S. at 434)、最後の2つのステップは「最初の2つの要素を申立人が満たしたとき判断される」(id. at 435)。当裁判所は、連邦政府は最初の2つの重要な段階をいずれも超えることができなかったと判断する。当裁判所はまた、後半の2つの要素も、執行停止を命じる方向には作用しないと結論する。しかし、この裁判所の分析はあくまで暫定的なものである。当裁判所は、連邦政府がこの上訴において勝訴する蓋然性を明確に疎明しているか、ならびにそれぞれの困難の程度および公益に照らして、地方裁判所のTROの執行は停止されるべきか否かのみを決定する任務を有している。

 連邦政府は、少なくとも州らのデュープロセス条項に基づく請求について、勝訴する蓋然性を疎明していない。当裁判所はまた、州らの宗教に基づく差別に基づく請求の重要性について言及する。当裁判所は、州らのその他の請求については見解を示さない。

 

VI. 勝訴の蓋然性-デュープロセス

 

 憲法第5修正は、連邦政府が「法の適正な手続き(due process of law)によらずに生命、自由または財産」を個人から奪うことを禁止している(U.S. Const. amend. V)。連邦政府は、「告知および反論の機会」、すなわち当該剥奪を行うべきでない理由を説明し検討される機会を設けることなしに、これら保護された利益を個人から剥奪してはならない(United States v. Raya-Vaca, 771 F.3d 1195, 1204 (9th Cir. 2014); accord Cleveland Bd. of Educ. v. Loudermill, 470 U.S. 532, 542 (1985); ASSE Int’l, Inc. v. Kerry, 803 F.3d 1059, 1073 (9th Cir. 2015))。

 連邦政府は、大統領令が、個人の渡航の自由を制限する前に通知と聴聞を行うといったデュープロセスの要求を満たしていることを疎明していない。実際、連邦政府は、大統領令がそのような手続きを提供しているとは主張していない。そうではなく、連邦政府は、本決定の他の部分において言及した主張に加え、大統領令によって影響を受ける個人のほとんどまたはすべてが、デュープロセス条項に基づく権利を有していないと主張している。

 地方裁判所において、州らは、大統領令が、各種外国人の手続き的デュープロセスの権利を、少なくとも3つのそれぞれ独立の方法で侵害していると主張した。第一に、3項(c)は、合法永住権所持者(lawful permanent resident)および非移民ビザ所持者(non-immigrant visaholders)について、憲法上十分な通知と反論の機会を与えることなく、再入国を拒否してる。第二に、3項(c)は、一定の合法永住権所持者および非移民ビザ所持者について、国外に渡航しその後アメリカ合衆国に再入国するという別の独立した憲法上保護された自由の行使を禁止している。第三に、5項は、庇護および庇護に関連するアメリカ合衆国による援助を求めている難民に対して連邦法が提供している手続きと矛盾している。地方裁判所は、TROにおいて、州らがデュープロセス条項に関する請求の本案に勝訴する蓋然性があると一般的に判示し、州らが主張している具体的な憲法違反についての議論や分析は行わなかった。

 手続きの現段階においては、連邦政府が、州らによる手続き的デュープロセスの主張に対して、「勝訴する蓋然性の明確な疎明」を行う責任を有している(Lair v. Bullock, 697 F.3d 1200, 1203 (9th Cir. 2012) (quoting Nken v. Holder, 556 U.S. 418, 426 (2009)))。当裁判所は、連邦政府がこの上訴中の執行停止に関する疎明責任を果たしているとは説得されなかった。

 第5修正のデュープロセス条項が提供する手続き的保護の対象は、市民には限られない。かかる保護は、「アメリカ合衆国内の外国人を含むすべての「人」に適用され、これはアメリカ合衆国内における滞在が合法であるか、違法であるか、一時的であるか、永続的であるかを問わない」(Zadvydas v. Davis, 533 U.S. 678, 693 (2001))。こうした権利は、アメリカ合衆国から海外に渡航した後に、再入国しようとする一定の外国人にも適用される(Landon v. Plasencia, 459 U.S. 21, 33-34 (1982))。連邦政府は、こうしたカテゴリーの外国人について、州らの手続き的デュープロセスの請求に理由がないとする積極的な主張を行っていない。たとえば、連邦政府は、合法永住権所持者が、アメリカ合衆国への再入国を求める際にデュープロセスの権利を有さない根拠を提出できなかった(See id. (「再入国しようとする外国人は、デュープロセス上、同人を排除しようとするいかなる試みに対しても、その嫌疑についてヒアリングを求めることができる。」(quoting Rosenberg v. Fleuti, 374 U.S. 449, 460 (1963))))。連邦政府はまた、合法永住権所持者が再入国拒否を争う憲法上十分な手続きを大統領令が設けていることも示していない(See id. at 35 (「裁判所は、具体的な状況を検討し、合法永住権所持者の再入国に関する最低限のデュープロセスの要求を満たすべき手続きについて決定しなければならない。」))。

 連邦政府は、仮に合法永住権所持者がデュープロセス上の権利を有しているとしても、州らの3項(c)の合法永住権所持者への適用に関する主張は、その後大統領法律顧問であるドナルド・F・マクガーンが大統領令の3項(c)と3項(3)は合法永住権所持者には適用されないと述べる「権限に基づくガイダンス」を発表したため、争訟性を喪失した(moot)と主張する。しかし、現段階において、大統領令がもはや合法永住権所持者には適用されないとの連邦政府の主張に依拠することはできない。連邦政府は、大統領によって署名され現在州らが争っている大統領令について、大統領法律顧問がこれを上書きする修正命令を発布する権限を有するとの根拠を何ら示していない。おそらく、そのような権限は存在しないと思われる。

 連邦政府はまた、大統領法律顧問による大統領令の解釈が、大統領令の執行の任を有するすべての執行部門の職員を拘束することも示していない。大統領法律顧問は大統領ではないし、連邦の各行政部の指揮命令系統の中にいるわけでもない。さらに、連邦政府による大統領令の解釈の変遷に鑑みれば、仮に大統領法律顧問の解釈が権限に基づき拘束力を有しているとしても、この現在の解釈が、各訴訟の現段階以後も引き続き維持されるということもできない。したがって、現在の記録によれば、連邦政府が「主張されている違法行為が今後はおよそ再発しないことの確実な証明」を行ったと結論することはできない(Friends of the Earth, Inc., v. Laidlaw Envtl. Servs., Inc., 528 U.S. 167, 189 (2000) (emphasis added))。

 仮に合法永住権所持者のデュープロセスに基づく請求が本訴訟の対象でないとしても、州らは、アメリカ合衆国に不法であれ滞在している他の人々(Zadvydas, 533 U.S. 693)、アメリカ合衆国に滞在していたが一時的に出国しておりあるいは一時的出国を希望している非移民ビザ所持者(see Landon, 459 U.S. 33-34)、難民(see 8 U.S.C. § 1231 note 8)およびアメリカ合衆国の居住者や組織との関係を有し自身の権利を主張しうる申請者(Kerry v. Din, 135 S. Ct. 2128, 2139 (2015) (Kennedy, J., concurring in judgment); id. at 2142 (Breyer, J., dissenting); Kleindienst v. Mandel, 408 U.S. 753, 762-65 (1972))のデュープロセス上の考え得る権利に基づく請求について、訴訟を継続することができる。したがって、保護された利益について大統領令により侵害を受ける人々のデュープロセス上の権利に基づく勝訴の見込みある請求を州らが欠いていることについて、連邦政府は疎明することができていない。実際のところ、これら侵害を受ける人々の存在は明らかである。

 連邦政府は、仮に州らが手続き的デュープロセスに基づく請求の一部について勝訴の蓋然性を疎明したとしても、地方裁判所は、「広範すぎる」TROを発令したことにより誤ったと主張する。特に、連邦政府は2つの独立の点においてTROが広範すぎると主張する。(1)TROは合法永住権所持者以外に、アメリカ合衆国への入出国に関連する認識された自由の利益を主張し得ない外国人にも適用される。(2)TROは国全体に適用され、ワシントン州およびミネソタ州外においても大統領令の適用を差し止めている。当裁判所は、いずれの点においても、TROの範囲を変更することを拒否する。

 第一に、当裁判所は、TROの適用範囲を、合法永住権所持者や、最近になって連邦政府が反論書において提案した「過去に入国した外国人であって現在一時的に海外にいる者および海外に渡航し将来アメリカ合衆国に戻ることを希望する者」に限定することを拒否する。この限定は、文言上、アメリカ合衆国に不法滞在しており、デュープロセス上の権利を有している外国人が除外されている(Zadvydas, 533 U.S. at 693)。これはまた、特定の非市民によるアメリカ合衆国への渡航について利益を有する市民の主張をも除外しうる(See Din, 135 S. Ct. at 2139 (Kennedy, J., concurring in judgment); id. at 2142 (Breyer, J., dissenting) (外国人配偶者のビザ取得に関してアメリカ合衆国市民が自由の利益を主張することを類型的に禁止する原則の採用を、6人の裁判官が拒否した。))。有効なデュープロセス上の請求権を有しない人がTROの対象となっているかもしれないが、連邦政府の修正提案は、少なくともこのような請求権を有している一部の人たちを排除することになる。

 第二に、当裁判所はTROの地理的範囲を限定することを拒否する。第5巡回区控訴裁判所は、そのような分断された移民政策は、憲法および制定法が求める統一的な移民法政策という要件に反することになると判示した(Texas v. United States, 809 F.3d 134, 187-88 (5th Cir. 2015), aff’d by an equally divided Court, 136 S. Ct. 2271 (2016))。訴訟の現段階において、当裁判所は同じ法的結論に達する必要はなく、またそのような結論に達したわけでもない。しかし、反対の見解が勝ることを連邦政府が証明したということもできない。さらに、仮に差止めの地理的範囲を限定することが望ましいとしても、連邦政府は、国の複数の入国地点や相互につながった乗り継ぎシステムを考慮に入れ、問題とされている州らの独自の利益を保護し、それにもかかわらず州らの境界の中でのみ適用されるような、TROの実行可能な代替案を提案していない。

 より一般的にいえば、仮にTROがいくつかの点において過度に広範であったとしても、大統領令を事実上修正することは、当裁判所の役割ではない(See United States v. Nat’l Treasury Emps. Union, 513 U.S. 454, 479 (1995) (憲法上の問題を取り除くための制定法の修正を拒否した。); cf. Aptheker v. Sec’y of State, 378 U.S. 500, 516 (1964) (合憲的な適用が一部存在するにもかかわらず渡航の自由の制限を無効とした。))。

 

VII. 勝訴の蓋然性-宗教に基づく差別

 

 第1修正は、「国教を樹立する法律」を禁止している(U.S. Const. amend. I)。世俗的でなく宗教的な目的を有する法律や(Lemon v. Kurtzman, 403 U.S. 602, 612-13 (1971))、「公式に特定の信仰を他の信仰に対して優遇する」法律は(Larson v. Valente, 456 U.S. 228, 244 (1982))、この条項に違反する。最高裁判所は、かかる法律が違憲である理由は、ある宗教を承認することが、「これを信じない人たちに、『外部者であり、政治的コミュニティの完全なメンバーではない』という付随的メッセージを送る」ことになるからであると説明してきた(Santa Fe Indep. Sch. Dist. v. Doe, 530 U.S. 290, 310 (2000) (quoting Lynch v. Donnelly, 465 U.S. 668, 688 (1984) (O’Connor, J., concurring)))。平等保護条項もまた、政府が人々を宗教に基づいて許容限度を超えて差別することを禁じている(De La Cruz v. Tormey, 582 F.2d 45, 50 (9th Cir. 1978))。

 州らは、大統領令が、イスラム教徒を不利益に扱うことを目的としているため、国教樹立禁止条項や平等保護条項に反していると主張する。この主張を補強するべく、州らは、大統領が「イスラム教徒禁止」の実施を意図していたことを示す多数の発言の証拠、および大統領令5項(b)および(c)がかかるイスラム教徒禁止となることを意図していたことを示唆すると州らが主張する証拠を提出した。国教樹立禁止条項および平等保護条項に関する請求を検討する際に、争われている法律の文面を超えて、法律の目的に関する証拠を考慮することができることは、確立した判例である(See, e.g., Church of the Lukumi Babalu Aye, Inc. v. City of Hialeah, 508 U.S. 520, 534 (1993)(「信教の自由条項は、国教樹立禁止条項と同様に、文面上の差別を超えて適用される。(中略)宗教上の行為について異なる取扱いを行う政府の行為は、ただ単に文面上中立的であるという要件を満たしているだけで守られるわけではない。」); Larson, 456 U.S. at 254-55 (「文面上は中立な制定法について、規制を少数派宗教にのみ適用する意図を示す立法経緯に鑑み国教樹立禁止条項に違反すると判断した。」); Village of Arlington Heights v. Metro. Housing Dev. Corp., 429 U.S. 252, 266-68 (1977) (政府の行為が差別的目的を動機としているか否かを判断するにあたっては、当該決定の経緯および意思決定者による発言を含む、意図に関する状況証拠を考慮することができると説明した。))。

 州らの請求は、重要な疑いを提起しており、重大な憲法上の疑問を提示している。本件に関わる利益の繊細さ、現在の緊急手続きの進度およびデュープロセスに基づく請求について連邦政府が上訴における勝訴の蓋然性の疎明責任を満たしていないとの当裁判所の判断に照らし、当裁判所は、本請求に関する検討を、後に本上訴の本案について十分な主張がなされるまで留保する。

 

VIII. 困難の比較および公益

 

 連邦政府は、回復困難な損害を回避するために執行停止が必要であることを疎明していない(Nken, 556 U.S. at 434)。「連邦政府によるテロとの戦いは最も必要性の高い緊急の目的である」(Holder v. Humanitarian Law Project, 561 U.S. 1, 28 (2010))ことには同意するが、連邦政府は、これを繰り返す以外に何の主張も行っていない。地方裁判所や当裁判所が、大統領令が直ちに発効することが緊急に必要であることについて説明するよう繰り返し求めたのにもかかわらず、連邦政府は、地方裁判所の命令はただ単に国をこれまで長年の状態に戻したに過ぎないとの州らの主張に対し、何の反証も提出しなかった。

 連邦政府は、大統領令において名指しされている国の外国人がアメリカ合衆国においてテロ攻撃を企図したとの証拠を何ら示さなかった[7]。大統領令の必要性を説明する証拠を提出する代わりに、連邦政府は、この決定について裁判所が審査を行うことができないとの立場を取ってきた[8]。当裁判所は、上述のとおり、この見解に同意しない。

 連邦政府が、権力分立の侵害により組織的な損害を被っているとの主張についていえば、かかる損害は「回復困難」ではない。連邦政府は、本訴訟の全過程において、自らの利益を追求し立証することができる(See, e.g., Texas v. United States, 787 F.3d 733, 767-68 (5th Cir. 2015) (「これら原則に影響を与えうるとすれば、それは本訴訟の本案に対する判断であって、上訴中の差止めの効力停止が認められるか否かではない。))。

 かえって州らは、仮に大統領令が一時的にであれ再び効力を有することになれば、大統領令が、州らや「本訴訟に利害を有する他の複数の関係者」に深刻な損害をもたらすことについて、十分な証拠を提出している(Nken, 556 U.S. at 434 (quoting Hilton v. Braunskill, 481 U.S. 770, 776 (1987)))。州らは、大統領令が効力を有していた時、渡航禁止が、州らの大学の職員や学生、離れて暮らす家族および海外で足止めされている州らの住民に被害を与えていたと主張する。これらは、実質的な損害であり、回復困難な損害ですらある(See Melendres v. Arpaio, 695 F.3d 990, 1002 (9th Cir. 2012) (「憲法上の権利の剥奪が『疑う余地なく回復困難な損害を構成する』ことは確立している。」(quoting Elrod v. Burns, 427 U.S. 347, 373 (1976))))。

 連邦政府は、大統領令の裁量的免除条項が、不必要に影響を受ける人々への十分な安全弁であると示唆するが、この条項が実際にどのように機能するのかに関する説明を何ら行っていない。どのように「国益」が決定され、それは誰が決定し、そしていつ決定されるのか。さらに、すでに説明したとおり、連邦政府は、上述の損害を避けるよう大統領令を部分的に施行するための現実的な方法について、何ら説明していない。

 最後に、執行停止の必要性を評価する際に、当裁判所は公益一般を検討しなければならない(See Nken, 556 U.S. at 434)。本訴訟がきわめて初期の段階であるにもかかわらず集めている巨大な注目から分かるとおり、公益の各側面は、両当事者に味方する。一方では、公衆は安全保障や選出された大統領の政策を実行に移す能力に重大な利益を有している。他方で、公衆はまた、自由な渡航、家族の分離の回避および差別からの自由にも利益を有している。これ以上に公益を具体化する必要はない。上記の困難を併せ検討すると、これら競合する公益は、執行停止を正当化しない。

 

IX. 結論

 

 以上の理由から、上訴の審理中の緊急執行停止申立ては却下される。

 

[1] 当裁判所はまた、連邦政府ないし州らを支持する多数の「法廷の友」意見書(amicus curie briefs)を受領した。

[2] この点に関する当裁判所の結論は、本上訴の本格審理における上訴管轄権の検討を排除するものではない(See Nat’l Indus., Inc. v. Republic Nat’l Life Ins. Co., 677 F.2d 1258, 1262 (9th Cir. 1982))。

[3] Townley事件における当裁判所の決定は予備的差止め申立てに関するものであるが、TROと予備的差止めに適用される法的基準は「実質的に同一である」(Stuhlbarg Int’l Sales Co., Inc. v. John D. Brush & Co., Inc., 240 F.3d 832, 839 n.7 (9th Cir. 2001))。

[4] 連邦政府は、州らが国教樹立禁止条項に基づく権利を有さないから、同条項に基づく請求は不適法であると主張する。仮に州らがかかる権利を有さないとしても、州らは学生や教授の権利を主張することができるから、この問題について判断する必要はない。男性の医師個人は、中絶の権利を有さないが、すべての医師は女性の患者に代わって中絶の権利を主張することができる(See Singleton, 428 U.S. at 118)。

[5] 州らは、他の独自の損害を主張しているほか、人民の父(parens patriae)として州民の利益を増進する資格という異なる原告適格の論拠を提出している。当裁判所は、州らの公立大学の運営者としての独自の損害が、原告適格を確立するのに十分であると結論したので、州らのこれらの主張に立ち入る必要はない。

[6] See also, e.g., Galvan v. Press, 347 U.S. 522, 530 (1954) (移民に関する議会の広範な権限を再確認しながら、「これら政策の執行においては、連邦政府の執行府はデュープロセスの手続き的な保護を尊重しなければならない。」と述べた。); Yamataya v. Fisher, 189 U.S. 86, 100-01 (1903) (移民政策に対する憲法上の争いに関する争訟の文脈において、「当裁判所は、個人の自由に関する制定法の条項が執行されている場合において、行政職員が、憲法の制定当時理解されていた「法の適正手続」に由来する根本的な原理を無視してよいと、過去に判示したことはなく、今判示しようとしていない。」と再確認した。); Chae Chan Ping v. United States, 130 U.S. 581, 604 (1889) (「宣戦し、条約を締結し…他国の市民に市民権を与える権限は、主権に基づくものであり、憲法およびすべての文明諸国の行為を多かれ少なかれ制約している公益と正義の考慮によってのみ制約される。」).

[7] 連邦政府は、大統領令において挙げられている7カ国について、2015年および2016年に議会と執行府が「懸念を有する国家」として特定していたことを指摘する。しかし、連邦政府は、ビザ取得を要求するこれら国家の指定を正当化する国家安全保障上の懸念が、大統領令の即座の効力回復の緊急の必要性を正当化する理由について、証拠も説明すらも提出していない。

[8] さらに、連邦政府は、「大統領とは異なり、裁判所は、特定の国家で活動するテロ組織がもたらす危険や、これら組織がアメリカ合衆国に潜入しようとする努力、あるいは調査手続きについての機密情報に接していない」と断言する。しかし、連邦政府は裁判所に対し機密情報を提供することができる。裁判所は、封印された機密情報を定期的に受領し、その守秘を遵守してきた。そのための規則とルールが長らく存在する。28 C.F.R. § 17.17(c) (民事事件における守秘情報の保護に関する司法省の手続を説明している。); 28 C.F.R. § 17.46(c) (「連邦議会の議員、アメリカ合衆国最高裁判所の裁判官ならびにアメリカ合衆国控訴裁判所および地方裁判所の派判事は、機密情報へのアクセスについて適格性審査を経る必要はない。」); W.D. Wash. Civ. L.R. 5(g) (封印の下に提出する方法に関する手続きを定める。).